最近取りざたされている年金制度の改正。
社会保障としての年金制度自体の是非はともかくとして、実際問題として将来どうなるのかしら。果たして受給金額だけで生活していけるのかしら?
年金制度自体が勤労年齢層が納める税金や社会保障費に依存している性質上、我が国における出生率の減少は年金制度の成立条件に直結していますし、新たに目的税を設けて財源にあてる案も出てはいますが、未知数の部分が多くあるのは事実です。
私のような比較的若い世代にとっても、いますぐどうのこうのといった差し迫った感覚は無いにせよ、取引先のお客様や、当社にお見えになる年配のお客様との話題でも、いったいどうなるんだろうといった不安は感じます。
このような不安感を受けてか、赤羽駅近くの本屋さんへ立ち寄っても、「年金でらくらく暮らせる海外移住」等の、リタイヤメントビザ(退職者査証)や特別投資者査証を利用した海外移住情報書籍が並んでいたり、テレビ番組で、実際に移住された方の生活のドキュメントが放送されていたり。
「もうこの際、日本でちまちま暮らすより生活基盤を海外へ移してしまえ!貨幣価値の格差があればゆったり暮らせるよ」こんなメッセージを私は単純に受け取ってしまいます。
まっ白い砂浜の椰子の木陰で長椅子に寝そべって、うやうやしく本のページをくくりながら、時々遠目に青い海を眺め、ああまだこんな時間だ、夜は鳥を焼いてビールを飲もう、明日は何をしようかななんて思いつつ、やがて周囲を朱に染めていくだろう夕日を待つ・・・・・私の貧弱な想像力をもかき立てる魅力が、海外移住といった言葉には確かにあります。
でも。
想像と実際の間には海の隔たりがあります。
当然私たち日本人ですから、母国語は日本語です。親兄弟、親戚一同、友達、職場に至るまでことごとく日本語を話します。当然です。
一般的に義務教育で与えられる外国語教育は英語ですが、世界の公用語である英語すら、最低限度の意志の疎通を交わせる程のレベルにいったいどれだけの人があるのでしょう。
それこそ日々の生活に密着して考えてみれば色んな疑問が出てきます。
水道水は飲めるの?医療制度はどうなっている?
年金等の送金は?住むところは?治安はどうなの?
トイレは水洗?運転免許は書き換え出来るの?
だいたい査証ってなに?どうやって取得する?
日本の住民登録はどうなるの?税金は?
生命保険の扱いは?
そもそも本当に年金でゆったり生活出来るの?
恥ずかしながら上記の疑問は私が当初思っていた事です。普段はあたりまえと思って特に意識はしませんが、今私たちが日常的に生活している基盤は、日本国に存在する共通の言語や習慣、整備されたインフラや、司法行政の上に成り立っているものであり、一歩国外へ出てみれば私たちの「あたりまえ」ではなくなってしまいます。
それでも海外移住の持つ魅力にはかわりがなく、出来ることならリスクを最小限度に留め、かつリスクヘッジを整え、移住生活を楽しんでみたい。せっかく生まれてきたのだから、してきた苦労と同程度に人生を楽しんでみたい。そうでもしないと人生の帳尻があわない!と思われる方も1人や2人ではないでしょう。
毎日の通勤電車のなかでもみくちゃにされながら移住生活を想像しつつも、実現性があるかと言えばそうではない。生まれてこのかた日本で暮らしていれば、様々なしがらみが出来るのは当然。見えない手枷足枷がついてしまって、いまやがんじがらめ。罪のない夢を見るのが精一杯。
やはり夢は、夢に過ぎないのか。
いいや、なんとか。
是が非でもなんとか!
Ask,and it will be given.
求めよ されば 与えられん
Knock,and the door will be opened.
叩けよ されば 開かれん♪
私の所属する(株)パスカルは生活の基盤そのものと言える不動産、しがらみの権化ともいえる「住」の部分を業務として取り扱っています。結婚や入学、就職でのお部屋さがし。新居の建築。住宅ロ−ンや固定資産税。そして相続。どなたもいずれかを経験し、私ども不動産会社を訪れたことがあろうかと思います。
不動産会社といえば、土地建物の賃貸や売買に関わる業種。すなわち国内に特化するのが当然であるのにどうして海外移住のコラムを書くのか。
じつはパスカル。不動産業の他に情報処理システムの設計開発を行っているシステム事業部が存在する、少し毛色の変わった会社です。このシステム事業部がこのコラム「海外移住 できるかな?」のきっかけでした。
ご存じかも知れませんが、現在国内コンピューターシステム業界は、海外の優秀な技術者に広く門戸を開き、海外、特に欧米との競争に対応出来る開発レベルを堅持しようとしています。これに伴い、中国やインド、韓国、フィリピン、パキスタン各国より多くの優秀な技術者が日本国内でシステムの設計開発に従事しています。
また英語の語学能力を持つ技術者の需要も拡大しています。
このような状況下に対応すべく、当社システム事業部は、東南アジア最大の英語圏と言われるフィリピン共和国に03年3月に事務所を設置したのでした。
フィリピン共和国は北から南への熱帯海域に7107の大小の島々からなる総面積約30万ku、人口約7680万人からなる、日本とも歴史的に深い関係を持った国です。
16世紀の朱印船貿易により、当時からすでに日本人が定住していました。1614年に徳川幕府により発布されたキリシタン禁止令により日本を追われたキリシタン大名、高山右近がマニラに到着した頃には、3000人以上の日本人が居住しており、一行を歓待したと伝えられています。
20世紀初頭には多くの日本人がルソン島のベンゲット道路建設や、ミンダナオ島ダバオを中心にしたマニラ麻栽培に携わるために入植していました。
特にダバオは当時2万人もの日本人が暮らす、東南アジア最大の日本人社会が形成されていました。現在もダバオ市には、子孫の皆さんにより組織された日系人会があります。
1960年代にはバナナ農園の開発が始まり、その甲斐あって、今ではダバオは日本向けバナナの生産地として知られています。
当社の事務所は、ここダバオにあります。
さて当コラムの趣旨するところは、フィリピン共和国特に当社事務所が設置されているミンダナオ島ダバオ市を中心に、ごく一般な日常生活のこまごました事柄と、そこで生活する日本人が体験し、感じる些細な事柄から、現地での生活を徐々に浮かび上がらせることにあります。ガイドブックに書いてあるような俯瞰図ではなく、様々な色彩の破片一つ一つが全体の絵を構成するモザイク画のように、日々の出来事から組み立てて、「住」の全体像を把握出来るような構成を取りたいと思います。
「住」といったら、しがらみを無視するなんて出来ません。
日本で生活している子供たちは?親戚は?法事もあればお墓もあるし。ご先祖様が・・・
生まれ育った祖国と土壌を蔑ろにして、思うがまま事を進めるのは極力避けるべきですし、生活基盤を取り扱う当社に所属する私としてはお勧め出来ません。しがらみも大切な財産として捉え、おのおの妥協点を探りながら、果たしてテレビや本がうたうような海外移住が出来るのかを探っていきたいと思います。
尚各情報や印象については、私の主観が多分に入り客観性に欠ける、或いは情報改訂の遅滞等が発生する可能性も考えられますので、その際はご容赦下さいますようお願い致します。
かつ同国への移住をお考えの方に特にお願いしたいのは、どんな国や人々においても光と陰の部分があり、陰の部分も十分に考慮の上情報収集を行って頂き、リスクヘッジをよくご勘案頂くことを僭越ながら重ねてお願い致します。
以上をご理解頂いた上で、「なんとか海外へ移住を」と夢を持たれている方々の助力に少しでもなれば幸いです。
また現在のところ当社では比国不動産の売買賃貸仲介業務及び斡旋は行っておりません。予めご了承下さいますようお願い致します。
それでは「海外移住 できるかな?」をスタートしましょう。
どなたさまも、Happy Trip!
当コラムにあたり、下記の皆様に感謝致します。
フィリピン日系人会 竹沢 大助 氏
フィリピン国家警察 Eduardo Balunzo 氏
フィリピン国家警察 Reynaldo Aberin 氏
ダバオ市庁
ミンダナオ国際大学
ATENEO DE DAVAO大学
SAN.PEDRO カトリック教会
HOUSE RENTALS REAL STATE社
Dulce A Diad 女史
CROWN ASIA COMMUNITIES社
INSULAR VILLAGE OFFICE
UNITED TOURIST PROMOTIONS社
FILINVEST LAND社
SANTOS LAND DEVELOPMENT社
FORTUNE VENTURES DEVELOPMENT社
GIFT OF GRACE社 VICTORIA PLAZA事業所
パスカルダバオ事務所 Nelson M Collamat さん
パスカルダバオ事務所 Jocelyn R Parra さん
Edward B Torio さん
ダバオ事務所のご近所の皆様とおこさま達。
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